スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カメラ,レンズの購入について

庭の花

オリンパスのデジタル一眼レフカメラが軽さが売りで惹かれていたのですが、
ソニーのα300にしようかと揺れています。ライブビューがだいぶ使いやすそうだし、
先日携帯からカメラのキタムラの中古ページを見せていただいたのですが、
ソニーには「コニカミノルタ」のレンズが付けれるらしく、それがとても安いのが
凄く魅力的なのです^^;ほんと安い。「ミノルタ」や「コニカ」のレンズも普通に
装着可能なのかなぁ?また調べておこう。
スポンサーサイト

共感の必要性

夕焼け

http://www.h2.dion.ne.jp/~stress/index1.html

はーとアートおーたむ

はーとアートおーたむ

はーとアートおーたむというイベントへ。ポストカード(写真)を一枚買った。200円也。
そしてイベントに来たついでにマイミクさんにとある資料を渡し、マイミクさんのマイミクさんにも
会うことができ、ご挨拶をしました。普通紙の名刺ですみません><
色々要望に応えてアクセサリーを作ってくれるみたいなので、今度お願いしようかと思います。
この日初対面のさざなみ子さん(←ハンドルネーム)のブログはこちら。ネットショップはこちら
...続きを読む

カーテン

カーテン

赤塚不二夫への弔辞 - 森田一義

”8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていたのに、本当に残念です。われわれの世代は、赤塚先生の作品に影響された第一世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられました。
 10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは、今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私をみている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。
 終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住む所がないから、私のマンションにいろ』と、こういいました。自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それから長い付き合いが始まりました。
 しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタをつくりながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、未だに私に金言として心の中に残っています。そして、仕事に生かしております。
 赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。マージャンをするときも、相手の振り込みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。あなたがマージャンで勝ったところをみたことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから、後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。
 あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折みせるあの底抜けに無邪気な笑顔ははるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀のときに、大きく笑いながらも目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺のときたこちゃんの額をピシャリと叩いては『このやろう逝きやがった』とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。
 あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。
 いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い出されています。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外でのあの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あのときのあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。
 あなたは今この会場のどこか片隅に、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘をつき、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません。あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんでした。
 私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言うときに漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。平成20年8月7日、森田一義”


しばし目から鼻水が止まりませんでした。これ買って良かった。
...続きを読む

Joao Gilberto and Antonio Carlos Jobim - Chega de Saudade


ジョアン・ジルベルト - Wikipedia
アントニオ・カルロス・ジョビン - Wikipedia

渋川動物公園

渋川動物公園_猫

ぽつりぽつりと連絡をとっていたメル友、ぼた子さん(←ハンドルネーム)と渋川動物公園へ。
せっかく貰った手作りのコースターを帰る途中?に紛失してしまいました。落ち込む、、、
ネットからJRに問い合わせてみたけど、反応があるかどうか。。
(疲れてるので追記は後日)
...続きを読む

岡山県展の記事

夕日

第59回の岡山県展の結果を新聞で偶然目にした。(普段あまり新聞を読みません)
その中の、選考を終えての審査員の言葉が印象に残ったので以下にメモ。

これら個性的なラインアップは、「いわゆる”見本”に合わせるのではなく、
自らの視点に自信を持ち、景色を切り取る意志が大事」という審査員からの
メッセージと言える。写真は比較的気軽に始められる反面、自分らしさを
押し出すのが難しい表現だからだ。
その意味で、委嘱作はいずれも技術的に優れながらも新鮮味に乏しく、
山陽新聞社大賞のの選出は見送られた。
( 山陽新聞 2008年9月2日 特集Bページ )


県展については全く頭に無かったというか、
今でもフォトコンの存在についてよく忘れてしまってます><
いっちょ身の程を知るためにも、大きな写真展に応募してみるかなぁ~。
その前にやらなあかん事あるけど。。。

岡山県展は明日から開幕されます。
?期(3~7日)は洋画が県立美術館。日本画、書道前期が天神山文化プラザ。
?期(10~14日)は工芸・写真・彫刻が同美術館。書道後期が同プラザ。
誰か一緒に 行 き ま せ ん か ?

ちなみに県庁近くのエネルギアプラザでも今月はちょくちょく写真展が開かれるみたいです。
昨年、旭川近くで声をかけられた全日本写真連盟レディース写支部の
おばあちゃんにまた会えるかなぁ?たぶん忘れられてそうな気がするが・・・。

カーテン

レースのカーテン

相変わらず寝過ぎな日々。でもたまにウォーキングにも出てるでよ。

SEARCH


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。